前回の第 7 回糖鎖コラム「実験室で糖鎖を作る ~序論」で、実験室で糖鎖を合成する方法についての、さわりの部分をご紹介しました。今回のコラムでは、実験室で糖鎖を作る方法として「① 化学合成法」をご紹介いたします。残りの各方法(② 酵素法 ③ 化学酵素法 )については、今後のコラムで順次紹介していく予定です。
化学合成法によって糖鎖を作るとは、糖と糖を化学的に結合させるということです。つまり図1に示すような、糖供与体と糖受容体とをプロモーター存在下で反応させることによって糖鎖を構築します。この反応のことをグリコシル化反応と言います。
図 1 グリコシル化による糖鎖の構築
文章で書くと非常に簡単ですが、実は奥が深く、実際は一筋縄ではいかないケースが多々あります(筆者が下手という話もありますが)。糖供与体はアノマーの位置に活性基(X)を持つ誘導体であり、糖受容体とは1つあるいは複数の遊離の水酸基を持つ誘導体です。糖は見た通り、水酸基を多く有する天然物です。そのため、有機合成化学の手法を用いて糖鎖を構築するためには、反応させたくない水酸基を保護基であらかじめ塞いでおく必要があり、かつ糖供与体側に反応性の高い活性基(特定の反応条件で活性化される)が必要です。
図 2 を使って糖供与体、糖受容体について詳しく説明します。糖の水酸基を保護する官能基には、目的用途に応じて多様な選択肢があります。大きく分けると、エステル系(アセチル、ベンゾイルなど)、エーテル系(ベンジルなど)、シリル系(TBDPSなど)、アセタール系(ベンジリデンなど)です。天然物の合成と同じです。そして、糖鎖を構築する上でもう一つ重要なのが活性基です。図 2 に示すような、イミデート、チオ系(SEt, SPh, SMeなど)、フッ化グリコシド、図には示していませんがペンテニル、リン酸系のグリコシドなど、先人が開拓した多様な活性基が使用されています。どの活性基を使用するかは、目的の糖鎖構造、あるいは研究室の伝統(蓄積データは重要です)など様々な要因が関わってきます。
図 2 糖供与体、糖受容体の例
糖鎖を化学合成する上で考慮しなければいけない要素としては、結合位置だけでなく、結合様式があります。すなわち、図 3 に示すようにα結合、β結合の立体を制御する必要があります。
図 3 糖の結合様式
α、βの立体構造制御について説明する前に、Glucose を例に前振りです。以前のコラムでもふれたように糖はグリコシドに相当する部分を1として炭素をナンバリングします(図 4)。1 と 2 の位置に着目すると、水酸基の配向、位置関係によってシス、トランスと言うことができます。
図 4 シスとトランス
糖鎖はシスの結合様式を構築する方が一般的に難しいことが知られています。それは、図 5 に示すような2位水酸基を保護している官能基に関係があります。隣接基関与という保護基の役割が効いているからです。エステル系(アセチルやベンゾイル)の保護基はプロモーターで活性化されたあと、アノマー炭素と五員環構造をとり、上側(β側)から糖受容体が求核攻撃することでトランス型の結合様式が選択的に構築することが可能となります。逆にシス結合を作るためには 、2 位の保護基は隣接基関与能のない要素が求められます。例えば、エーテル系やアジド(GlcNAc合成用)などを選択する必要があります。また、結合様式を制御するためにはこの隣接基関与だけでなく、プロモーターの種類、溶媒、糖供与体と糖受容体の保護基パターン、温度など検討項目が多数あります。つまり、糖鎖を有機合成法で構築するには未だに確定した方法は存在せず、合成する糖鎖構造(結合位置、様式)によって過去の知見(蓄積データ)をもとにデザインしなければならないのです。
図 5 2 位のエステル系は隣接基関与能を発揮
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筆者プロフィール
naruken
博士(理学)北海道大学大学院理学研究科
専門:糖鎖工学、タンパク質工学、構造解析